はじめに
アドラーはフロイトやユングと並び、20世紀を代表する心理学者の一人です。日本では大変人気があり、アドラー心理学を基にした自己啓発本やビジネス書などが多く出版されています。不登校支援の文脈でも紹介されることが多いアドラー心理学ですが、あまりにその名前を目にする機会が多く、幾分小手先のテクニックとして消費されているような雰囲気も感じていました。そこで、できるだけ正確なアドラー心理学について知ることができる本はないかと探してみたところ、こちらの本に辿り着きました。
著者の野田俊作さんは、日本におけるアドラー心理学の第一人者です。野田さんはシカゴ・アルフレッド・アドラー研究所に留学後、アドラーギルドや日本アドラー心理学会を設立するなど、精力的に普及活動を行いました。野田さんの著作を読むのは初めてでしたが、精神科医の名越康文さんが師匠としてその名を挙げられているのを耳にしたことがあり、名前に馴染みがあったことも手に取るきっかけとなりました。アドラー心理学の正当な後継者の1人と言える野田さんの著作を読むことで、アドラーが考えていたことの核心に少しでも触れられればと思いました。
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内容ざっくりまとめ
本書の大きな特徴は、対話形式であることです。聞き手の方からの質問に野田さんが答える形で、豊富な例え話やジョークを交えながらアドラーの教えが紹介され、とても読みやすくなっています。時には「アドラーはこう考えているようだが、私の考えはこうだ」というように、野田さん自身の考えが語られることもあります。
本編は「性格は変えられる」と「共同体感覚を育てる」の2章立てです。
まず「性格」に関してですが、アドラー心理学においては少し独特な「性格」という言葉は、以下のように定義されます。
“アドラー心理学では、性格とは言わないで、ライフスタイルと言うんですが、ライフスタイルの一般的な定義は、「自己と世界の現状と理想についての信念体系」なんです。(…)ライフスタイルの定義に別の言い方もありましてね。それは、「このような場合にはこのようにすればうまくいき、このようにすればうまくいかないだろうという信念」という定義です。(…)あるいは、「その人固有の認知と行動のパターン」という定義もできる。”
(野田俊作「性格は変えられる アドラー心理学を語る1」, 創元社, 2016, 第1部-3「そもそも『性格』とは何なのですか」より)
一方、あまり聞き馴染みのない「共同体感覚」という言葉は以下のように説明されます。
“アドラーは、共同体感覚について三つのことを言っています。まず第一には、「私は共同体の一員だ」という感覚。「所属感」と言ってもいいでしょうね。第二には、「共同体は私のために役に立ってくれるんだ」という感覚。「安全感」とか「信頼感」と言えば近いかな。第三に、「私は共同体のために役立つことができる」という感覚。「貢献感」とでも言えばいいかな。”
“アドラーの言い方よりももう少しわかりやすくしようと思って、私はちょっと違った言い方をしています。(…)まず第一は、「私は私のことが好きだ」ということ。「自己受容」かな。第二は、「人々は信頼できる」ということ。「基本的信頼感」かな。第三は、「私は役に立てる人間だ」ということ。「貢献感」だろうね。”
(第2部-12「共同体感覚ってどんなものですか」より)
そして、「性格」「共同体感覚」というアドラー心理学の重要な概念を軸に、どうすれば人々が今より少しでも幸福に生きられるかを巡って対話が進んでいきます。
感想
まず印象的だったのは、「はじめに」でいきなり読者の気持ちを挫いてくるようなこちらの文章です。
“アドラー心理学は「お稽古ごと」であって、直接師匠について学ぶしか、学びとる方法がないと考えているからです。つまり、本では学べないということです。”
(「はじめに」より)
野田さんいわく、アドラー心理学を本当に学ぼうと思ったら、アドラーの正当な後継者の1人に弟子入りをする、あるいはアドラーギルドや日本アドラー心理学会の講習会やワークショップに参加することで、時間をかけて体得していく必要があるそうです。
また、野田さんがアドラー心理学の目的について触れている箇所も印象的でした。
“「何が真理か」が関心事ではなく、「何が有益か」、すなわち「どうすれば幸福になれるか」が、我々の問題意識なんです。”
(第2部-10「家族にはどんなルールが内在していますか」より)
野田さんは、人間の心そのものを正確に捉えようとしたフロイトと比較しながら、アドラー心理学の目的は実際に幸福になることなのだと繰り返し強調します。有益性を重んじるアドラー心理学が、実践できるマインドセットやテクニックとしてビジネス書などに取り上げられやすいのも当然だと、腑に落ちる思いがしました。
つまりまとめると、アドラー心理学は本では学べない重みがある反面、その有益性によって本で紹介されてしまうという、ある種の食い違いが起こっていることになります。本で学ぶことができないと明言されたことは、数多のビジネス書に対して私が抱いていた懐疑心が、ある意味正しかったことを示しているのかもしれません。しかしアドラー心理学の目的を知り、本書の内容を時間をかけて咀嚼した今は、その懐疑心は逆に解消されてしまいました。
アドラー心理学を謳ったビジネス書で紹介されるテクニックは、正確かどうかは分からないけれど、多くの読者の心を支えていることも確かでしょう。アドラーやアドレリアンたちが望まない形で教えが伝わってしまったとしても、それで少しでも前向きになれた人がいたのなら、逆説的にアドラーの望んだ世界に近づいているのではないか、と感じたのです。こんなふうに読む前と後で全く逆の感情になったことが、私にとっては素晴らしい読書体験でした。
内容もとても読み応えがありました。アドラー心理学は本で学べないという野田さんの教えに則り、内容自体の紹介は最低限にとどめますが、最後に私が深く驚き心に残った一節を引用したいと思います。
“感情に支配されたり、人目を気にしたり、実現不可能な理想を追いかけたり、そういうこと……。我々が当たり前だと思っていることのほとんどは、私の言う馬鹿なことです。たとえばね、人から罵られたら、傷つくのが当たり前だって思うでしょう。でも、当たり前ではないんだ。この世に、当たり前なんてないんです。別に傷つかなくてもいいんです。それなのに、傷ついている。これは馬鹿げている。笑っちゃう。”
“落ちこむのもまた馬鹿なことなんです。落ちこむのはなぜかというと、考えるから。「俺はなぜこんな馬鹿なことばかりするんだろう」って考えるから。そこでも考えはじめてはいけない。ただ笑うことです。暗くなってはいけない。「なぜ、こんな馬鹿なことばかりするんだろう」と考えてはいけない。人生は滑稽な喜劇なんだから、「なぜ」はないんです。ただ笑えばいいの。「性格が……」などと言いださないこと。それを言いだすと道に迷うから。”
(第1部-2「性格を変える方法にはどんなものがありますか」より)
さいごに
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。本書は、すぐに始められる習慣やテクニックを求める方には不向きかもしれません。しかし、野田さんが身振り手振りを交えて話す姿が目に浮かぶような読書体験は、これからの人生が読む前よりも少しだけ明るくなったように感じられることでしょう。少しでも気になった方は、ぜひ手に取ってみることをおすすめします。
参考文献:野田俊作「性格は変えられる アドラー心理学を語る1」, 創元社, 2016

